aptoro.jp

ずぼら人間のブログ.技術系ブログにしたかった何か

90日以上更新していないブログに表示される広告が出た

どうも,いつもお世話になっております。

 

前にも出てたと思うけど気づいていなかった.

働き始めてからめっきりブログの記事を書かなくなった気がする.

ここでは元々そんなに頻繁に書いてなかったけど,去年は1件だけだった.

 

昨年度は労働は疲れるなと実感する1年間だった.

そんな疲労を40年も続けた父に対する尊敬の念が高まる1年間でもあった.

労働によって日々何かが失われていくことを感じている.

私は倍の給料より倍の休みがほしい.

早く引退して隠居して窓の外を眺めながら歌でも詠みながら生きていきたい.

 

今はスプラトゥーン2をやったりアニメを見たりくるりを聴いたりしながら誤魔化して生きている.

 

それでは,おやすみなさい.

ARC01をpythonで書いてみたらドハマりした話

どうも,いつもお世話になっております.
今日(というか昨日)ずっと買おうと思っていたpythonの教本を買ったので試しに色々書いてみようと思ってatcoderの過去問をやってみた.

ちなみにARC001のA問題.
言語はpython 3.4.3を選択.

A: センター採点 - AtCoder Regular Contest 001 | AtCoder


最終的に以下のようなコードで提出したのだが一向に通らずREが出るばかり.

N = int(raw_input())
score = [0,0,0,0]
ci = raw_input()
for i in range(N):
    score[int(ci[i]) - 1] += 1

print(max(score),min(score))

まともにpythonを触ったのが今日が初めてとはいえ
こんな初歩中の初歩みたいなコードでドハマりしてしまったのも悲しい.

どこかにミスは無いかと2時間くらいコードと睨めっこしたが全く分からず
他人のコードと見比べても大きな違いは見つからずいい加減今日は諦めた.

時間も時間だし実はプレミアムフライデーよろしくお酒も飲んでいてもう眠いので
引き際はここだと言わんばかりにブログに泣き言を書いて今日は寝ることにする.

原因が分かったら追記したい(多分しない).

ちなみに手元の環境で実行したときは普通にエラーもなく結果が出力された.
だから余計に質が悪いのだが.

たった数時間でアンチpythonに堕ちてもつまらないので
今日はもう寝ます.

皆さんも次の日が休日だからと言って夜更かしはダメですよ.

それでは.

12/17

いつもお世話になっております.

12月に入り季節は本格的に冬になりましたね.

私の住んでいる地方では雪も積もり道路も凍り自転車通学が不可能になりつつあります.

そんな寒い冬の日の投稿です.

 

さて,ずっと放置していたこのブログですが

放置しすぎて90日間更新されていない時に出る広告が出てきて妙に焦ったので

近況報告も兼ねて更新します.

 

前回の更新は今見たら8月頭だったようです.

前回の更新からの変化をつらつらと書いていきます.

 

とりあえず幾度かの大学での研究発表を乗り越えて今日にいたります.

研究室内の中間発表が2回,専攻内での発表も2回くらいあった気がします.

毎度毎度徹夜で発表資料を仕上げていたらすっかりパワポ恐怖症になってしまいました.

前回の専攻内での発表では2週間くらい前から手をつけてはいたのですが

直前にならないと脳みそにエネルギーがいかない呪いにかかっているらしく

全く進まずに結局徹夜で仕上げることになってしまいました.

 

修論発表が2月にあるのですが

そこでは何とか余裕をもって仕上げたいところです….

というか修論発表では論文の提出もあるらしいので

幾らかでも余裕が無いと物理的に死にかねません.

 

研究の方はといえば11月頃から遅々として進まず

毎週の進捗報告では暗い気分になりながら報告しています.

煮詰まっているのはゴールが近い証拠なのだと自分に言い聞かせ取り組んでいる今日この頃です.

 

あと最近Kindle Fireを購入しました.

なんか先日第5世代のFireがめっちゃ安くAmazonで売ってたので

クリスマスプレゼントと称して買ってしまいました.

 

使用感としてはまあまあ良い感じです.

アプリ使用時に多少動作が緩慢なところもありますが

そこは4000円という価格なので不満はありません.

元々電子書籍やPDFの閲覧用にタブレットがほしいと思っていて

今回のFireをそういう用途で使おうと思っているので

多少の緩慢さは特に気になるところではないです.

一応twitterとかのアプリも入れはしましたが大して使っていないです.

 

起動直後の画面

f:id:aptorojp:20161217223331j:plain

 

外箱

f:id:aptorojp:20161217223328j:plain

 

内容物は

  • 本体
  • 取扱説明書(のようなぺらい紙)
  • 注意事項なんかが書いてそうな小さい冊子(読んでない)
  • 充電用のUSBケーブルとコンセントへの変換プラグ

必要最低限だけ揃えましたという感じがとても良いです.

 

PDFの取り扱いのためにEvernoteも活用したいと思っているのですが

現状PCとスマホで2台使っており,年額支払ってFireにも対応させるか悩んでおります.

金額的には大したことないんですが....貧乏なもので...

 

あと9月になってからアルバイトも始めました.

友人からは「あと数か月で働くようになるのになぜ今更」などと笑われましたが

いつでもお金は足りないので働くのです.

そこまでお給料は入りませんが,遅くても20時前までの勤務で時間の融通もめちゃくちゃ利くので大変ありがたいです.

 

業務内容はレジ打ちとか清掃とかそんな感じです.

昼間に散々頭を使っている(はず)なので,こういう単純作業は癒されます.

 

 

そろそろ1000文字超えてきたので終わります.

皆さん風邪など引かぬようお体に気を付けてお過ごしください.

そして次の更新は多分年明けになるので今のうちに年末の挨拶も済ませておきます.

 

本年はひとかたならぬご愛顧を賜りまして誠にありがとうございました.

来年もどうぞよろしくお願いします.

 

それでは,良いお年を.

休日

どうも,いつもお世話になっております.

研究室のキーボードが新しくなって,結構好きなタイプのキーボードだったので無駄にタイプしたくなったので記事を書いております.

 

今日は8月6日ということで,広島平和記念日ですね.

広島には中学校の修学旅行で行ったきりなのでいつかまた行ってみたいです.

あと今日とは直接関係ないですが,WW2繋がりで祖母が樺太出身なので話を聞いてここにまとめられたらいいかもしれないなあとぼんやり思っております.

以前聞いておかねばという使命感に駆られて少し話を聞いたことがあるのですが,高校生の頃だったのであんまり覚えてないんですよね.

 

まあ特に今日は深刻な話はせずに適当に近況をまとめて行こうと思います.

 

以前更新したのが6月だったので少し時間が経ちましたが

最近は就活も無事終わったことで落ち着いて研究を進められています.

 

ここまでに大学の専攻による中間発表と研究室独自の中間発表,学会への論文提出を経てなかなかハードな日々を送ってきたような気がします.

そのおかげで(?)ここ1,2週間は特に激しいイベントも無く平穏極まりない日々で僕としてはこれくらいの平穏さで修了までこぎつきたいところですが,来月にも論文の締め切りが待っているのでなかなか道のりは遠そうです(本人の頑張り次第では?というのはその通りではありますが).

というか修士論文とその審査もあるのでどうせ後期も忙しくなるんでしょうけど.

 

ハードな日々と言えば今週は金欠が極まって,日曜日から木曜日までは1円も使わない(使えない)で過ごしてました.何が原因かと考えると複数思い当ってとてもここには書ききれませんが,なかなか長い1週間でした.

特に僕は喫煙者で,煙草を買うお金も無かったのがこの1週間の辛さを盛り上げた原因だったように思います.何とか金銭を確保する方法は無いかと模索したのですが,仕送り日も近く親に頼るのも微妙で,誰かから借りるのも出来ないですし,まさか犯罪行為に走るわけにもいかないのでじっと堪えるしかなかったですね.

色々考え方はありますがやはり世の中お金でした,本当にありがとうございました.

働き出したらお金にだけは不自由しない人間になりたいと毎月末には心に決める日々であります.

 

そんな悲惨な5日間でしたが,それでも暇をつぶす手段はいくらでもありました.

最近ではポケモンGoがリリースになったので,家でじっとしてるより外を歩き回ろうという感じで平日の深夜に街中を徘徊したりしてました.

まだレベルは14であまりジムで活躍することは出来ませんが,それなりに楽しくやってます.対戦システムにはあまり馴染めていません.

個体値の話が色々出回ってるのですが,色々試行錯誤してるうちに面倒になって最近はCPと技だけを見て取捨選択してます.面倒にならない程度に楽しめれば僕は満足です.本家の方でもそういう感じで対戦はほとんどやってませんでした.

あと,珍しいポケモンにも出会えていません.この間大学のあたりにピカチュウの影が見えたので徘徊してたのですが結局会えず仕舞いでした.ピカチュウ…(´・_・`)

トレードが実装されるとかされないとか噂も聞こえているので,本当だったら楽しみですね.横対戦とかも出来たらもっとポケモンの育成にも気合いが入ります.

 

ポケモンGoをやってて感動だったのは,トレーナーと目が合う,というシチュエーションを体験出来たことですかね.まあ相手のスマホ画面は見てないので何とも言えないですが,深夜の11時頃にスマホ持って街中ウロウロしてたらそれはGoしてますよねきっと.

まあ特に勝負になったりはしませんでしたが.というかそれこそ横対戦機能ないので対戦になるとしたらリアルバトルくらいでしょうけど.

 

ちなみに話は戻りますが昨日仕送りが入って僕も人並みに金銭を扱える身分にまで回復しました.めでたしめでたし.

熊本県を震源とした地震について

 

昨晩(一昨晩?)と先ほどに熊本県震源として大きな地震があったようですね.

先月には5年前のことを書きましたが,とても他人事とは思えません.

今回は反対側の土地での地震であったため僕はニュースやtwitterなどを通しての情報収集が精一杯ですが,どうやら内陸の方が震源であったようです.

詳しい情報は各種公的機関などの正式な発表による情報をご確認ください.

 

今回の地震によって亡くなられた方々のご冥福,並びに

現在も過酷な状況下において戦っておられる被災者の方々,救援活動にあたっている自衛隊消防団などの方々のご無事を心よりお祈り申し上げます.

 

僕が現状出来ることと言えば

上記のようにただ祈りを捧げることと,募金活動に協力することくらいです.

微力ではありますが出来る限りのことをしようと思います.

 

募金方法についてですが,僕の知り得る範囲では

現金での募金のほかにビットコインや各種カードのポイントを介した募金方法などもあるようです.

また,募金先をここに書くことも考えましたが

募金先としてどこが適切か,という議論は度々なされており

中には悪質なものも紛れているとのことでしたので今回は控えさせていただきます.

これを読まれて募金しようと思われた方はご自身で募金先を探していただけると幸いです.

 

最後に改めて

この度の地震で亡くなられた方々のご冥福と,現在も地震の被害と戦っておられる被災者の方々,救助活動や支援活動にあたっている方々のご無事を心よりお祈り申し上げます.

近況報告

どうも,おばんでございます.

4月に入ったので近況報告でもと思いまして書いています.

 

ここ1か月くらいの話ですが

とにかく就活ばっかりしてたような気がします.

説明会 and 説明会 and 採用試験

くらいの勢いです.

 

ネットでプレエントリーしまくってたら20社くらいになっていて

これ以上は生命の危機を感じるような気がしたので最近自重しています.

まあプレエントリーしてたからといって採用試験受けなくてはいけないというわけではないのですが,なんとなく気持ち的な問題です.

 

今のところ個別説明会は5社くらい,採用試験は1社受けました.

この間早速お祈りをもらったのでちょっとこれは勉強しとかないとまずいなって思って何もしてないいつものやつです.

一般常識とかではなくて専門知識を問うやつでした.一緒に受けたやつの話では細かい問題ではなく配点の大きかった小論文とか変な記述問題の影響ではないかという話でしたが,結果が見られないので気が気ではないです.

 

学部生のころの数物の復習くらいはしておいた方がいいかもなあという気持ちにはさせられました.

 

あと来週は説明会漬けであっちこっち行ったり来たりしなくてはならないのでうんざりしています.東京に友人がいて本当に助かりました.菓子折りでも持っていくのもやぶさかではないです.

 

 

そして先週,今週はその就活費用を稼ぐために日払いの引っ越しバイトをしてました.

体力も腕力もない典型的なコンピュータオタクがこれまた典型的な肉体労働に勤しむという果てしないミスマッチを2週間も続けてしまいました.

初日からぼろくそに怒られ終始節々の痛みに耐えながら結局7回入って6万くらい稼げました.

一部携帯料金とかにも消えましたが,父上からの支給も併せて8万くらいは当面の就活資金に出来そうです.

 

そして今日その資金を一部使って念願の自転車を買いました.

写真撮っておけば良かったですね.普通のシティサイクルですが.

半年ぶりくらいに自転車乗りました.前乗ってたやつは冬前に盗まれて「どうせこれから雪降るからいいか」とか考えて盗難届も出さないでしまっていたのでずっと徒歩移動を強いられていました.

実際のところ3月中には雪もすっかり溶けて自転車日和な日も続いていてしばらく友人たちと移動力で差を付けられていましたがこれで僕も自転車移動民です.

これで少し遠くのスーパーもへっちゃらです.

 

 

就活の話に戻ると

今日の23時から夜行バスに乗ってまた東京に行ってまいります.はい,就活です.

東京は観光でも行き飽きてるのでそういう意味では特に楽しみは無いですがまあ頑張ります.とりあえず説明会だけなのできっと何とかなるでしょう.

友人宅へ2泊してまた戻ってきます.

この就活のせいで部活の新歓の飲みに行けなくなって悲しい気持ちになっております.

 

今後の話ですが

5月には専攻で中間発表があるらしいのですが

就活漬けの4月で本当に中間発表に臨めるのか全く分からないのですが

まあ就職先が決まらないよりかは先生方にボコられる方がマシなのでそういう心もちで乗り切りましょう.

 

 

近況報告はこんなところです.

季節も変わって暖かくなってきてますが,皆さん油断して風邪など引かぬようお気をつけください.

 

それでは.

5年前の今日

どうも,お久しぶりです.

皆さんもお元気でしたでしょうか.

 

このブログ,更新は2,3か月に1度くらいなのですが

アクセスを見ると平均して日に10人くらいの方々に見て頂いているようで

なんだか更新していないことが申し訳なく思ってしまいます.

(だからといって頻度が増すわけではないですが)

 

見て頂いてる方々が一定の人たちなのか

それともgoogleとかの検索結果などにそれなりに引っかかる記事を書けているのか

そこら辺はよくわかりませんがいつもどうもありがとうございます.

 

 さて,本当は近況報告としてタイトルを付け

その中の小話としてちょっとだけ書こうと思ったのですが

書いてたら5000字くらいに膨れ上がってしまったので一つの記事としてまとめてしまいます.

 

今日は毎年のあの日だということで

地震があったときのことが書きたくなったので書きます.

本当はずっと何かにまとめたいなあと思ってたんですけど

タイミングが無いのと腰が重いのとで結局5年も経ってしまいました.

 

これは私の地震の体験談です.

それ以上でもそれ以下でもありません.

 

私は東北地方でっかいところ出身でして

地震があった時はそれなりに揺れましたし,色々ありました.

 

当時は高校を卒業して大学の合格発表が終わった後でした.

合格が決まって引っ越し先とかも決めた後にすぐ起こった地震だったもので

高校やら大学やらに電話したりwebページを見たりしてました.

無事大学には入学しました.

 

地震が起こったのは2次試験の後期の前日で

後期を受けに行っていた人たちが前乗りした先で帰られなくなって色々大変だったという話をそれなりに聞きました.

ホテルが無料で宿泊を延長してくれたりという対応もあったようです(というかそういう対応がほとんどだったのではないかと思いますが).

 

地震が起きた時は母と一緒に近所の祖母の家に遊びに行ってました.

一番大きい地震が起きる前にもそれなりの地震があって,当時僕は

「またデカいの来たなあ」

くらいに考えて,のんびり玄関を開けに行ってました.

 

でも長かったんですよね.だから母もやばいってなったのでしょうか

絶叫して僕を呼んでたような記憶があります.

戻ると即座に母が僕のことを抱え込んで頭の上に座布団重ねて

その上に母が覆いかぶさるようにして揺れが収まるまでじっとしてました.

 

その時僕の中で一瞬「いい年して母親に守られてなるものか」

みたいな気持ちが芽生えて,逆に母に覆いかぶさろうとしたのですが

「伏せてろ」だか「じっとしてろ」だか忘れましたけど怒られて

「ああここでは守られてなくてはならないのだなあ」と思った記憶があります.

 

揺れはかなり長かった記憶があります.具体的な数字は忘れました.

揺れがおさまると母は妹を高校に迎えに行ったり自宅の様子を見に行ったりと

祖母宅から車を走らせて行ってしまいました.

 

僕は祖母を一人にしておくわけにもいかなかったので祖母宅に残り

後に妹も祖母宅で合流し僕と祖母と妹で祖母宅で待機ということになりました.

ぶっちゃけめちゃくちゃ不安でした.そんなものかもしれないですが.

 

齢18の男が16の妹と80手前の祖母二人に囲まれたら

そりゃ二人を守るのは僕だろう,という気持ちはあったのですが

何かあったときにそもそも守る術や知恵は自分には無いだろうなとも思いました.

特に車がないのが本当に不安でした.地震の後に車で移動することの是非はとりあえず置いておいてください.

余震の可能性も十分にあって,築20年以上の祖母宅も改修に改修を重ねており

「次デカいの来たら家潰れて全滅かもな」

と脳裏を過った時はもう死ぬ思いでした.人生であそこまでリアルに死を実感できる瞬間は今後そうないと思います.

 

とりあえず近所の人を頼りました.

高校生と老人だけでは不安なので一緒にいさせてもらえないだろうか

みたいなことを言ったか言わずか.

祖母が近所づきあいをちゃんとしていて僕も顔がしれていたのでここら辺は助かりました.

でも1時間くらいで祖母が「ご迷惑になるから」ということで祖母宅へ戻ることになりました.当時は「何言ってんだこのばばあ」くらいの心境だったと思います.

大人を頼るところを一つ失ったので参ったなと途方に暮れました.

 

そしてその後どこから情報を入手してどうやって連絡を取り付けたか忘れたのですが

小だか中学校の先生に電話で「中学校が避難所になってるから連れて行ってやろうか」って言われたので喜んで頼みました.

中学校が避難所にしていされていたことは知ってたのですが

足腰の悪い祖母を連れて徒歩で中学校に向かうのはそっちの方が確実に危険だろうと僕は判断していたのでそういうところに行けなくて困っていたところでした.

だから車(と運転できる人)が欲しかったというのもありました.

 

しかし祖母は「隣組の人が来るから家を離れられない」と拒んできました.

当時は「何言ってんだこのばばあ死ぬ気か」くらいの心境だったと思います.

父上にこのことを話したらそれも一理あるとのことだったので僕の中ではどっちもどっちという結論です.

中学校に行ったのが午後5時だか7時くらいで真っ暗だった記憶があります.

広めのテニスコートがあってそこにテントが複数張られていて

ラジオの音が流れていたり,おそらく学校で働いていたのであろう先生方がテントの中で話をしていたり,という光景でした.

大人はたくさんいたので僕的にはだいぶ安心でき

携帯で友人からのメールに返答したり逆に安否確認をしたりする余裕も出てきました.

大学に進学して関東だったかその周辺に引っ越していた高校の先輩からメールが来ていたのが印象的でよく覚えています.

 

そしてその後父親から連絡があって中学にいる旨を伝えて

逆に自宅はめちゃめちゃで住める状態じゃないから市役所に行くぞと言われ

あれよあれよと言う間に市役所に行きました.

 

市役所では避難してきた人たちとか

炊き出しに追われる人たちとかでごった返していました.

僕も何か手伝えないかと思って顔を出したのですが,とても僕が手伝える雰囲気ではなくて諦めたのを覚えています.一瞬で自分が足手まといになるのを悟りました.

 

携帯の充電もままならないのでtwitterとかもあんまり見れないし

ましてゲームや漫画も無いしで暇だったのと

何もしていないことへの焦燥感みたいなものもあったりして

「この地震の体験を紙に書き留めて後でブログにまとめよう」

って思って市役所にあったペンとメモ用の裏紙を拝借して日記風の何かを書いていました.でもこれは2日で飽きて,紙もなくしました.

そしたら後日ニュースで僕と同じことをしてニュースで紹介されているのを見て「ちくしょー続けておけば良かったなー」ってちょっと後悔した覚えがあります.

 

市役所暮らしは5日~10日くらい続いた覚えがあります.

自宅は家具という家具が全て倒れてめちゃめちゃになっており

「とりあえず外枠だけは無事」みたいな状態になったので復旧作業に時間がかかりました.

あと電気が復旧するまでにそれくらいかかった気がします.

 

電気が復旧した時

外に出て道路のずっと向こうから電気が点いていくのを見たときは

そこに希望を見ました.

 

電気の復旧後には自宅の復旧も終わっていたのでとりあえず帰宅はできました.

というか祖母宅は普通に建ってたのですが何でそっちに行かなかったんでしょう.

原因の一つに家のすぐ上が崖になってたっていうのがあったと思います.

 

市役所暮らしをしてた時はとにかく暇でした.

だから日中はずっと市内をふらふら散策してました.散歩は好きだったので.

ガソリンスタンドに行列が出来ているのを見たときは「日本の終わりかな?」ってちょっと思いました.

多分未来人が来て「この後日本は潰れます」って嘘をついたらコロッと騙されたと思います.それだけ渋滞という現象が珍しい田舎だったというのと,大勢の人が一つのものを求めて行列を為すという状況に感じるものがあったのだと思います.

 

あとコンビニも店内がめちゃめちゃで営業どころじゃなかったのですが

日持ちのする商品をカートに並べて青空店舗を経営してました.普段では考えられない金額で売られてました.

実際のところは知らないですが,儲けを考えている余裕すらなかったのかなあと思ったり思わなかったり.上からの指示とかがあったのかもしれませんが.本当のところは知りません.

 

あと,僕の実家で猫を飼っているのですが(プロフィール画像のやつです)

地震があった当時は自宅にいたらしいです.(母談)

だからめちゃくちゃになった自宅を見て母は猫は助からなかっただろうと思ったそうで,実際数日姿が見えませんでした.

実際のところは無事で,なんなら今も健在なのですが

空腹に耐えられなくなって姿を現したときは非常に安堵しました.

放し飼いしてる猫で

家に人がいなくても出入りできるように窓をちょっと開けてある場所があるのですが

地震を感じてそこから逃げたのではないか,というのが母の考察です.

 

自宅に戻れたあとも阿鼻叫喚でした.

まず給湯器が使えなくてしばらく風呂に入れませんでした.たしか地震で故障したんだっかで風呂にお湯が溜められない.

オール電化だったかガス給湯器だったかを使ってる知り合いの人に

お風呂に入れてもらった時は天国見つけたりという気分でした.

人生であれ以上に気持ちのいい風呂は今後あるかどうか.

 

あとスーパーの品物が全然ない.

ガソリンが無いとか色々理由はあったと思いますが

品物がスーパーに流れてこなくて輸入品らしきトマトとかスパムとかの缶詰がどっさり並んでいました.

缶自体がちょっと錆びてたので,結構前から貯めてたものっぽかったです.

在庫処理というよりかは,この時のための備蓄っぽかったです.真偽のほどは知らないですが,もしそうだったらスーパーさすがだなあという感想です.

ちなみに僕はこのとき初めてスパムを食べました.美味しいですね.

 

あと,父上は地元のローカル新聞社で働いてるもので

地震の次の日からばっちり働いてました.

最初聞いたときは「マジかよ」って思いましたが,こういう時が父上の(ひいては父上が所属する会社の)出番なのだなあと思うと少し誇らしかったです.

恨み言とかは特に無くて,最終的にはそりゃそうかと思ってました.

そんで地震起きた日だったかに父上に言われた言葉が印象的でよく覚えていて

「こんな時に不謹慎かもしれないが,こんな経験滅多にできないからよく回りを見ておけよ」

みたいなことを言ってました.「楽しめ」とかも言ってたような気がします.僕はずっと散歩してました.

二度と経験したくないですが,確かに次何かあっても前よりかは冷静に行動できる気がします.二度と経験したくないですが.

 

市役所暮らしをしていた時の食事もなかなか印象的でした.

覚えているのは

  • 豚汁のような汁物(忘れた)
  • ロールパン(一人2個まで)
  • 水だけで炊けるごはん(冷めると驚くほど不味い)

配給という制度に初めて触れました.暴動とかは起こりませんでした.

みんな食えるだけマシか,みたいな心境だったのかもしれません.あくまで想像ですが.

ごはんとパンは地震から1日,2日くらいしか経ってない時の食事だったと思います.

割と早いうちからそれなりの食事に切り替わっていった記憶があります.

 

あと僕は内陸に住んでいたので津波の被害は無かったですが

僕の親戚はそれなりに影響あったようです.

某地方都市に住んでいるおじは仕事場に水が迫ってきたって話してました.

あとおばの母だったか祖母だったかが津波で亡くなりました.

夜中に母親と妹と3人でテレビにかじりついて

延々と流れる安否の確認が取れた人リストとにらめっこしてました.

最終的に遺体は見つかったようです.

津波の被害者の話になると「遺体が見つかれば御の字」って雰囲気になりますが

正直こんな絶望的な話もないなって思います.

もちろんそういう状況だったのでしょうけど.海に流れてしまえば見つけるのは困難でしょうし.

 

あと僕の見える範囲だとあんまり語られないことなのですが

当時のローカル局のニュースキャスターの方々も悲惨でした.

上記の安否の確認が取れた人リストを延々と読み上げていた方は

人手が足りないのかずっと一人で何時間も読み上げて

髪の毛はボサボサだし声は明らかに枯れてだみ声になってました.

 

一番僕の中で悲惨だったのは

沿岸部出身の方が津波で流された故郷のリポートをしていた時ですね.

最初は普通にリポートしてたんですけどね.段々涙声になってきて

最終的には泣き出してリポートも止まって「無理にしゃべらなくていいよ」ってスタジオから言われてました.でもしゃべるんですよね.もう見てられなかったです.

本当にこの一件はやばくて今でも思い出し泣きします.

 

とりあえず思いつく限りのエピソードを並べてみました.

途中から時系列もへったくれもなくなってひどい文章になってましたが

ここまで読んでいただけた方も途中でここまで飛ばして来た方も

ご一読いただきありがとうございました.

 

思い出そうと思えばまだまだ出てくると思いますが

とりあえず今日はこんなところで.

 

ここからは感想ですけど

(これも月並みなセリフですけど)自然に対する無力感は本当に感じました.自然とは本来畏怖の対象なのだなあと.

あとamazarashiというバンドに「祈り」という曲がありますが,その中の一節で

「僕らは無力だ」と暗闇に祈るのが 本当に無力とは信じないぜ

ってありますけど,そうだといいなあくらいには考えるようになりました.

これは震災から1年くらい経ってからの話です.

 

さて,まだまだ書きたいことはたくさんありますが

今日はこの辺にしておきましょう.

皆さまが息災でありますように.

 

それでは.